夢の世界?「君の名は」「サルバドール・ダリ」

今日は13の月の暦では

3の月・19日

Kin33 7・赤い空歩く者


3・7・19・33というドリームスペルでも

面白い数字の日でたしかに何か不思議な感覚です。

なので、ちょっと不思議視点から書いてみよう。


それもこの映画と絵画を観たってこともきっかけになってるかも。

今話題の映画「君の名は」

昨日観たのですが不思議な感覚になる映画でした。


東京新国立美術館で開催中のダリ展に行った時の感覚もそんな感じだったな~。


言葉にならない感覚で

表現したくてもふさわしい言葉がない

そしてその感覚はまた消えていく。


消えていくけど「知っているもの」なんです

ダリの作品から「あっ!」と思い出すこと、気づくことがたくさんありました。


言葉にしちゃうと違うものになってしまい

正解などなく「生きていて感じること」

その体験だけでいいのだろう。


君の名は・ダリ、

どちらも「時・時間」を表現していました。




時計が歪んでいるのはダリの象徴ですね。


人類は間違った「時間」を基準に生きていて

それこそが大きな勘違いのようですよ。




実はこの世はとてもシンプルなのだと思う。

時間も何もかも

なのに、混沌とした人間模様、社会情勢、地球環境だと多くの人が感じているのは

個人個人の複雑な思考や、信じていること

それが集まって化学反応を起こしているのでしょうか。

天地創造の時代、

モーゼやイエスらが現れた時代

宗教が力を持っていた時代

産業革命の時代

地球に生命が生まれた時から数えきれない生命が地球に生まれ

自然から恵みをいただき生きて

生命を育み

子孫を残し

ものをつくり

街をつくり

争って戦争し破壊して

また新しいものをつくる。




人間が破壊という行為を繰り返しすぎて

地球自体が今の環境を続けられることができなくなって

激しい自然現象を起こして

必要な環境に変化しているのでしょうね。



人間の社会や歴史の向こうにある変わらない大切なものというのは

この映画や、ダリの作品の「夢の世界」にあって

そこに意識を向けることを忘れてしまい

目に見える豊かさ・正しさに価値を置いてきたから

人は知らず知らずのうちに

「バベルの塔」を建設することに価値を置き

物質的なものを望む集団になってしまった。




この作品は「雲の中の戦い」

戦争もこんなものかもしれません

戦いを雲の中に観てるから争いたくなり

平和な天使の遊ぶ姿を観るとそんな現実かも。


* バベルの塔とは、旧約聖書に登場する巨大な塔

神話とする説と、

紀元前のバビロンのマルドゥク神殿に築かれたジグラットの遺跡とする説もあるが

何が本当化はわからくても

空想的で実現不可能な計画を比喩的にあらわしたものがバベルの塔。





生きることを体験する、ただそれだけで豊かで幸せだったはず。

何も持たなくても、地球と自分の肉体にすべて備わっている。



言葉にならないけど誰にでも流れているエネルギーのようなものを

支配する者がこの世を言葉やルールで統一して、

それこそ空想の世界・バビロン社会が生まれ今も存続している。


ま、それも限界点のようですけど。


人間、地球人としての本能の情報は脳幹にきちんと備わっているのだから

脳幹活性人になっちゃうと

目の前のちっちゃなことに囚われて一喜一憂しないで

おおらかな人生になっていくようですよ。


自由な新しい世界の扉は誰でも開けることができると思う。

ひとりひとりがそうすれば

バビロン社会も価値がなくなりひとりでに崩壊するでしょう。



赤い共振の赤い空歩く者の日に感じたことでした。

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